第16章 Matthew10:34
「自分の心に素直になって…」
俺のこと見ようとしない肩に手を置いた。
じわりと伝わってくる体温。
もうこの体温を感じることができなくなる。
そう思うと手を離すことができない。
「もう、無理はしなくていいんだよ…今まで自分を傷つけて来たんだから…」
そんなわけにはいかないことは、わかってる。
智が今いる世界は、辞めますと言ってなに事もなく辞められるような世界ではないことは、おぼろげにわかっている。
ただ、自分で自分の家族を殺したという、嘘の事実で自分で自分を責めて傷つけるようなことは…それだけはしないで欲しかった。
「もう、それだけはしないでよ…?」
ご家族を亡くして以降の自分の罪については…
智が正面から向き合わなければいけない問題だった。
きっとこれは、どんな医者やカウンセラーにも手を出せない領域だ。
助けることはできても、その問題を肩代わりできる者なんてこの世界のどこにもいない。
「智は生きなければならないよ」
「…嫌だ…」
「少なくとも、ご家族を殺した犯人を見つけるまでは…」
復讐にだけ生きるようなことはさせたくない。
でも智がこの先、生きようと思ってくれるなら…
傲慢だけど、それが犯人を殺すという目的でもいいと思った。