第16章 Matthew10:34
「…わかってるよ…智…」
二度とここには、戻らないだろう。
できることならここにずっと。
ここでずっとふたりで。
このままゆりかごみたいな世界で過ごしたい。
でもこのままだと、智は…自らの罪の重さに負けて、自ら命を絶ってしまう。
医大生の自分でもわかる図式だ。
「それでも俺は…智に生きてほしい…」
ちゃんと精神科医の治療を受けたら、きっと智は立ち直れる。
どんなに時間がかかっても。
…その回復までの時間は、俺の付けた錘で生きながらえて欲しい。
俺のために生きるという錘で。
「生きていたら…きっとどこかで会えるよ」
そんな心にもない嘘を付いて、笑ってみせた。
「翔…」
それが嘘だとわかっても、いい。
最後に智が見る顔が、泣き顔だっていうのは哀しい。
せめて笑顔で送り出したかった。
「だから智、ちゃんと雅紀さんの言う事を聞いて。医者に通うんだよ…」
「嫌だよ…翔…」
「ちゃんと治して…そしてご家族のお墓参りも行って…?」
お墓になんて、ご家族はいない。
だけど智の心が少しでも落ち着くなら、行って欲しい。
「そんなの行かない…」
「なんで…?智がお墓参りのこと気にしてたんじゃないか…」
「翔と居られないなら、意味がない」
「智…」
頑なになってしまった智は、俺から顔を逸らしてしまった。