第16章 Matthew10:34
「どんな…形…?」
「智が…苦しまないで生きていてくれれば、俺はそれで十分幸せだよ」
「翔…」
それが、例え俺の傍でなくても。
智が生きていてさえくれたら…
「雅紀さんが来たよ」
「…え?」
「和也って奴も連れてね」
「なんで…?」
「智を連れて行くって」
「そんな」
「いい、医者が見つかったんだ」
「医者…?」
「そうだよ…精神科医だ」
「そんなの…嫌だ。翔が診てくれればいい」
「智…。俺じゃ、今の智をちゃんと診ることができない」
まだ国試にすらたどり着いていない医大生にできることは限られてる。
智の傷を治したのだって、危険な賭けだったということは今ならよく分かる。
テスト勉強の傍ら、創傷や感染症についてもいろいろ調べて、改めて自分がとんでもないことをやったと実感した。
あんな治療でよく生きてくれたと思う。
「俺も、生きる」
「翔…嫌だ…」
「俺もこの世界の何処かで、必ず生きてるから」
「翔っ…」
「だから生きて」
生きていてくれさえしたら…
もしかしたら、何年後何十年後かに再会できるかもしれない。
それがどんなに確率の低い望みであっても。
「ここから出たら、二度と…」
智の口から出た言葉は、そこで止まった。