第16章 Matthew10:34
「よく…ここまで頑張ったね、智」
「翔…」
「ひとりでずっと、頑張ったね」
「翔っ…翔っ…」
涙が、溢れてくる。
家族を殺したと思い込んだ智が一人で過ごしたであろう時間を思うと、次から次へと涙が出てきた。
智も出てくる涙を拭おうともせず、俺に腕を伸ばした。
「…今は一人じゃないっ…翔が、居てくれるっ…」
「うん…うん…」
伸ばしてきた腕を取って、智の体を抱きしめた。
ぎゅっと、力を込めて。
「俺はっ…どうすればいいんだっ…翔っ…」
「…さっき智は殺してくれって言ったよね…?」
「だって俺は…俺が…」
「死んじゃ、だめだ」
体を離すと、智の肩を掴んだ。
「絶対に、死なないで」
「翔…」
「生きて…生き抜くんだ。その人達の分まで」
綺麗事だ。
でも今の俺には、これが精一杯だった。
警察に自首して罪を償ってなんて、間違っても言えない。
そうなったら雅紀さんや和也の手で智の命が奪われるのは目に見えてる。
生きていて欲しかった。
どこまでも生きて欲しい。
俺がそばにいなくても、この世界の何処かで生きてて欲しかった。
…嘘だ
本当は、俺の傍で俺だけを頼って俺だけを見て生きて欲しい
俺だけのために息をして、食事して
俺だけのために笑って、泣いて、快感に揺蕩って
俺だけのために生きていて欲しい