第16章 Matthew10:34
智は手を伸ばして俺の髪を撫でると、眉をハの字にして俺の腫れぼったい目の周りを親指で触れた。
「翔、俺…」
掠れた声は小さくて。
智の口元に耳を傾けると、細く息を吐き出す音が聞こえた。
「俺は…」
そう言ったきり黙り込んだ。
「智…?」
じっとみていると、その目にはたちまち涙が溜まって。
「俺は…俺の家族は殺してないかもしれないけど…」
大きく息を吸い込んで、両手で顔を覆った。
「誰かの家族を、殺した…!」
「智…」
「俺の家族みたいな、誰かを…俺は…」
ああ…智…
そこにたどり着いたんだ。
「そうだね…智…そうかもしれない」
「翔…俺は、なんてことを…」
祈るように手を握り合わせ、震える口元に当てた。
「それに気づけたのなら、大丈夫だよ…智…」
「……え?」
「だって、昨日までの智はそのことになにも感じていなかったでしょう…?戻ってきたんだよ…人間らしい感性が…」
目を見開くと、溢れた涙をゴシゴシと袖で拭いた。
「俺…今まで麻痺してたってこと…?」
「そうだよ…ご家族を喪ったショックで、なにもかも…本来の智の感情が死んでいたんだ」
それが、今…
戻ってきた。
手を離しても、大丈夫だと思えた。
智はきっと立ち直れる。