第16章 Matthew10:34
「だから、いらない…」
力が、抜けていく。
この人たちは本気だ。
俺がいくら泣いても喚いても、智をここから連れて行ってしまう。
「…なにも一生会うなって言ってるわけじゃないだろ?」
気の毒そうな顔をして雅紀さんは俺を見ている。
アンタにはわからない。
きっと、今の俺の気持ちなんて。
一生、誰にもわからない──
「智は?」
「…隣の部屋にいる」
「寝てんのか?」
「さっき、倒れた…」
正直、智をちゃんとした精神科医に診せられるって事はほっとした。
西島医師はあんなことがなければ、非常に優秀な精神科医として東陽病院の精神科長として今でも居たはずだ。
ただの医大生の俺じゃこの先手詰まりなのは明白だ。
精神科分野の勉強をしなきゃいけないと焦り始めていたところだった。
日々の実習や講義がある中で、果たしてそれができるのか。自信がなかった。
「倒れた!?」
「ああ…だから、連れ出すのは明日にしてくれ」
「なんで?どうして倒れたんだよ!?」
「わからない…その壁にリモコンを投げつけて壊してた…なんか見たのか…それとも窓から誰か来たのか…」
倒れている和也の方を見ると、雅紀さんは情けない顔をした。
「あいつがなんか言ったのか…」
「わかんないけど、セックス覗き見したってことは、そうじゃないの?」
「ったく…なにやってんだ、和也のヤツ…」