第16章 Matthew10:34
リビングに置いてあったティッシュの箱を取ると、俺に向かって放り投げてきた。
口の端がジンジンする。
ちょっと口の中を切ったみたいだ。
「そんなに睨むなよ。悪かったって…」
そう言うと、和也がやったように俺の目線に合わせてしゃがんだ。
「…智、貰ってくからな。しばらく会えないと思ってくれ」
「は…?どういうことだよ」
「いい精神科医が見つかった」
「え…精神科医?」
「ああ。アンタも知ってるだろ?東陽病院の西島ってんだけど」
知ってるも何も、東陽病院の西島といえば有名なスキャンダルを起こした医師だから日本中の人が知ってると言っても過言じゃない。
「でもあの先生は医師を辞めたって聞いた」
「ああ…だから、だよ」
「…え?」
「だから、俺みたいな奴らと繋がってんだよ」
「どういう…」
「あいつは今、ヤクザやってんだ」
理解が追いつかない。
なんで西島医師がヤクザになんかならなきゃいけないんだ?
それもあんなスキャンダルを起こした人なのに。
「もうどこいっても医者なんかできねえだろ?個人医院作ったって患者なんか来もしねえだろ…?患者を襲ったゲイの医者なんてよ」
雅紀さんは冷たく言い放つと、にやりと笑った。
その笑いかたは和也とそっくりだった。