第12章 Ave Maris Stella
あの世界
心臓を掴まれたかと思った。
智の口からこんな言葉が出てくるなんて…
もしかしたら智は、「あの世界」に戻りたいのか。
それともないとわかっているご家族との団らんを取り戻したい、そう願っているのか。
「だから…本当のことがわかった所で、俺には意味がない」
「智、それと事実を明らかにするということは違う」
「なんで…なんで明らかにしないといけない…?」
「犯人に罪を償わせるんだ」
「そんなことしたってっ…」
「智、死んだのはご家族だよ。あなたのお父さん、お母さん、お姉さんなんだよ?あなたじゃない」
「俺じゃ…ない…」
力の抜けた手がまた震え始めた。
膝の上に置かれた手を握りしめた。
「悲しいのは、智だけじゃない。きっと亡くなったご家族だって悔しいし悲しいだろ?」
「あ……」
「それにご家族は、智がこうやってずっと苦しんで逃げ回っていることを、どう思ってるかな?」
「……」
「自分の息子が、弟が…無実の罪で苦しんでいたら、ご家族はどう思う?」
「それは…」
まだ自分のこと責める気持ちが残っているから、智は大きな迷路の中にいるんだ。
でもそんなところにいる必要はない。
もしも「あの世界」に戻れなくなっているとしても…
その心は、どこまでも自由でなければいけないと俺は思う。
「殺したのは智じゃない。だからご家族は智を恨んでるわけないんだよ?」