第2章 Matthew 6:8
「電話って…スマホだよね?」
男はドア横の壁に目を遣ると近づいた。
壁にフックが幾つかあって、濡れた俺の服と革のジャケットがハンガーに掛かって干されていた。
ってことは俺は今、服を着ていないのか。
そんなことすらわかっていなかった。
相当、やばいかもしれない。
「これ、触ってもいい?」
「ああ…頼む…」
もう今更なのに、なに断り入れてんだ。
あくまで、俺の意志を尊重するってことか。
「ここ?胸のポケット?」
「…ああ…」
すぐ、松岡のじいさんに電話して……
「……いや、いい」
「え?」
だめだ。
松岡のじいさんに知られたら。
こいつ、殺られる。
俺の顔を見てしまった
俺が何処に居たか知ってる
確実に、じいさんは殺す。
雅紀だって同じだ。
容赦なく殺して、跡形もなく死体を始末してしまうだろう。
「でも……」
「頼む…少し休ませてくれたら、出ていくから…」
「だっ…だめに決まってんだろ!?死ぬぞ!?」
「あんたに迷惑掛けたくないんだ」
あんたも死ぬんだぞ──
それも周囲には、蒸発かなんかだと思われて
ろくに警察も探さないよう状況証拠作られて
誰にも探されず海の底か地の底か
そんな死に方、したくねえだろ
「死なれたほうが迷惑だって!」
いつもなら
いつもの俺なら、殺してる
でもなぜか
俺を見下ろしてるあの顔が、イエスみたいに見えたから
だから……