第2章 Matthew 6:8
「おいっ…アンタっ…」
いつの間にか、若い男が俺の傍らに跪いていた。
「…くっ…」
思わず飛び起きようとして、激痛で目が眩んだ。
どうして…
こんなに近くに来るまで気づかないはずないのに
「大丈夫か!?」
どうやら周囲が明るいのは、車のライトのようだった。
エンジンを掛けたままの車が横付けにされている。
車通りがないから気づかなかったが、マリーナの外の車道まで出ていたらしい。
EV車らしく、エンジン音がとても小さい。
だからこんなに近くに来るまで、雨の音に紛れて気が付かなかったのか。
「し、しっかりしろ!」
男は真っ青な顔で俺の手を握った。
「いまっ救急車呼ぶからっ…!」
雨が髪に綺麗な雫をつけて、その雫に車のライトが反射してる。
キラキラと光りに縁取りされて、青白い顔で俺を見下ろす。
まるで十字架に貼り付けられたイエス・キリストのように。
「手……」
「え?」
「離してくれ」
「ちょっと…動いちゃだめだっ」
「いいから!大丈夫だから!」
そう言いながら、手を振り払った。
同時に立ち上がろうとしたが、足に力が入らなかった。
「う、嘘言うなよ!血がこんなに出てるじゃないかっ…」
「うるせー…ほっとけ…」
「放っておけるわけないだろ!?」
小さな水たまりのできてる地面に手を付き、起き上がった。
その瞬間、目の前が真っ暗になった──
いけない
きを、うしなっちゃいけない
のに
ああ、神様
お願いだ
俺に関わらないでくれ
ほっといてくれ
そうじゃないと、あんた…
俺を助けようとしてくれたのに
あんたの命が
危なくなるんだ
だから、帰ろう
家に帰るんだ
でも
どこに?