第9章 Romans7:7
「今日は黙ってるって約束したから連れてきたんだ。忘れたのか」
「だって雅紀…!」
雅紀さんは無視してスーツの懐に手を入れた。
シガレットケースとライターを取り出して、タバコを吸い出した。
紫煙が車の中に広がる。
運転席の若い男が、無言でパワーウインドウを少し開けた。
車の中空気が撹拌されて、紫煙が薄まる。
「いいから…こいつの元に居るっていうのは、智の意志だから…無理やり連れ出したら、おまえ嫌われるぞ?」
「そんなことないもん…」
そう言ったまま、運転席の男は今度は黙り込んでしまった。
よっぽど智のこと…好きなんだろうなと思った。
…その気持ちならよくわかる。
雅紀さんは後部座席のアームレストコンソールについている灰皿の蓋を開けると灰を落とした。
「あんたの言ってることは、尤もだ。すまん…つい、智と同じように考えてしまって…」
「…いいえ」
「ただ、智の状態が気になるんだ。あんたの部屋に上がらせてもらうことはできるか?」
「ええ…連絡ください」
懐から名刺入れを取り出した。
パーティーのときに必要だから、一応名刺を作っている。
それを一枚、雅紀さんに渡した。
「夜なら大抵繋がりますし、メッセージ入れておいていただければ、返信も必ずしますから」