第9章 Romans7:7
後ろ髪を引かれるように家を出た。
エントランスから車寄せに出ようとすると、一台の黒塗りのセダンが停まっていた。
「あ…」
中に乗っている人に見覚えがあった。
スーツを着て、緩くオールバックに髪を整えている。
まるでどこかのパーティーにでも出席するような格好だ。
その人は後部座席の窓を下ろして、ニッコリと笑った。
「パーティーがあるんだろ?送るよ」
雅紀さんだった。
「いえ…自分で行けます」
「いいから。智のことで話があるから」
有無を言わせない口調。
運転席の男は、この前遠くから見た若い男のような気がする。
こちらもダークスーツを着て、緩いオールバックの髪型で無表情に前を向いている。
「わかりました…」
絶対に、危険だと思った。
だけど智のことって言われたら、避けられない。
この人が智の血縁じゃないことは明らかだけど、智とは近しい関係であることは間違いない。
だけど智と同じで…
とにかく普通の職業の人ではないことは明らかだった。
しぶしぶ後部座席に乗り込むと、車は滑らかに発進した。
乗り心地のいいセダンだ。
シートも柔らかすぎず座りやすい。
そんなことをアームレストに腕を乗せてぼんやりと考えていたら、雅紀さんが前を向いたまま話しかけてきた。
「…智の調子はどう?」
「やっと一人で立てるようにはなりました。でもまだ夜…」
「トラウマの方か?」
「そうです。そちらのほうは、根が深そうです」
チッと舌打ちをして、雅紀さんは爪を噛んだ。
しばらく何かを考えているようだったが、不意に俺の顔を見た。
「あんた、本当に智の恋人なんだな?」
忘れてた。
あの時すぐに智に聞けばよかったんだけど、どうしてあんなこと言ったのか聞くのを忘れていた。
というより…
その理由を無意識に考えないようにしてたのかもしれない。
答えを聞いてしまったら、嘘でも「智の恋人」っていうひと時の魔法みたいなものが解けてしまいそうで。