第1章 始業式
「で、ホントにお前何しに来たんだよ」
「酷いな、せっかく人が遊びに来てやったというのに」
「仙蔵、そんな人柄だったっけ?」
私がそうツッコんでやると、細身な彼からは想像もできないほどの力でこめかみをグリグリとやられた。
「痛いって、私はか弱い女子だよ。もうちょっと加減しな」
「か弱いなど、どの口が言っているんだ。今日の夕飯は文次郎が作るはずだったが、会計委員の仕事が全く終わっていないらしくてな。分け前にあずかろうと思っただけだ」
これも仙蔵の言葉とは思えない。
いつもなら「は組の飯などどんな毒薬が入っているか分かりゃしない」と言って気色悪がっている。
「伊作、今日の仙蔵熱でもあるんじゃない?」
「僕もそう思うよ」
「お前ら、私をなんだと思っているんだ」
「完璧潔癖鉄壁、その名も立花仙蔵」
「バカか」
仙蔵も乱入したことで、今度こそ伊作たちとの恋バナは終わった。
私も今日は作るのが面倒だから混ぜてもらおうかな、と考えていた。
「私も一人部屋で毎日作るの面倒だから、今日はご馳走になろうかな」
「俺たち良いなんて言ってねえだろうが」
そうは言いつつも、留三郎は仕方ねえなと言って食事を作りに行ってくれる。
彼らは皆、なんだかんだ言って優しい。
ここを卒業すればこんな楽しい日々も忘れなくてはいけない。
非情な忍びの世界に入ることになるのだから。
彼らが敵ならば。
彼らと戦い、最悪の場合殺さなくてはいけない。
そんな日が来ないことを祈るのみだが。
今まで五年間もかけてくノ一として生きるすべを身につけてきたというのに、今更この安穏の日々を失うことに怖じ気付くわけには行かなかった。
留三郎が食事を作りに行ってしまったおかげで、私と伊作と仙蔵という、なかなか珍しい三人が部屋に取り残された。
「今年で卒業かー。早いなあ」
「戦場でだけは会いたくないな」
「やっぱりさすがの仙蔵でもそう思う?」
「そりゃあ、まあ。私だって人間だからな。・・・・・・お前らと過ごしたせいで甘っちょろいのが伝染した」
「僕は君たちが怪我しているのを見たら任務そっちのけで助ける自信がある」
「ダメじゃん、さすが伊作」
何年か上の先輩方は互いに情が移らないように、最後の一年は必要最低限の関わりしかしていなかった。