第9章 𝕎𝕒𝕥𝕖𝕣 ℍ𝕪𝕒𝕔𝕚𝕟𝕥𝕙
いつの間にか啓悟くんの顔から笑みは消え、真剣な顔つきになっていた。今度こそなんのことか分からない、それなのにここにはいない"彼"の顔が一瞬頭を過った。
『よく分からないけど…でも変わりたいと思ったのは私の意思だから』
力なく笑って、忘れかけていた落書きを終わらせてブースを後にする。機械がプリクラを吐き出す様子を無心で見つめていた。
『そういえば啓悟くんとプリクラ撮るの初めてだ!スマホに挟もうかな…』
「そんなに気に入ってくれたの笑、じゃあオレもどこかに付けますかー」
雑談しながらゲーセンを出ると、いきなり眩しく白い光に全身包まれる。それからがっつくようなシャッター音に口々に飛び交う黄色い声。
目の前に立っていた女性のリポーターが、隣の私にお構いなしに啓悟くんにマイクを突き出す。ファンの一人とでも思ったのかもしれない
「今日はなぜここに?!プライベートということでしょうか?!ぜひお話をお聞かせください!!」
ギャラリーの数が尋常じゃなくて彼でさえ気圧されていた。
「えーと…」愛想笑いを浮かべてるけど、啓悟くんは明らかに困ってる様子だった。しかも私がいるから尚更だろう。
……モヤモヤするけど…啓悟くんが人気者なのは悪いことじゃないよね
そう言い聞かせて、後方へ退いて身を引く。エスカレーターで下へ移動し、ショッピングーモールの外へ出る。すれ違った女性達が「いまホークス来てるらしいよ!」「それうちのインスタにも流れてきた!」「えーハグしてもらお!」
空は今にも泣き出しそうで、厚みのある雲が全体を覆っている。…爽やかな風が体を侵して心地良い
「…… 秋月 ?」
今日一日で何回彼のことを思い浮かべたのか分からない
私のことを苗字で呼ぶのは彼しかいないから
『とどろき…くん?』
その姿を目にして後悔した。外なんか出るべきじゃなかった。
あの日彼と出逢ってなかったら、ただのクラスメイトのままでいたら良かったのに。
あの背中に叫ばなきゃ、追いかけなきゃ…
好きにならなきゃ、良かったのに。
私だと確信するなり、轟くんは足早に駆け寄ってその腕で強く抱き締めてくる。余りにも苦しくて泣きそうだった。