第2章 練習!
私を横抱きにしたまま、黒尾先輩は保健室に向かって歩く。
「先輩ほんとにもう大丈夫です。練習しないと…インハイ予選来月なのに、今日だって委員会で練習時間短かったじゃないですか。ほら、もうちゃんと喋れますから…。だから、…」
話すたびに、息をするたびに先輩の匂いがして頭の痛みも落ち着いて視界もだいぶクリアになってきたはずなのに先輩が近くにいるだけでクラクラする。ほんとう、あぁもうだめ、迷惑かけちゃいけないのに…。もう少しこのままでいたいなんてわがままな思いが溢れて止まらない。矛盾する気持ちに涙が出てくる。
「え、ちょ。なんで泣いてるの」
突然泣き出した私にギョッとして歩みを止める。
「痛むか?」
先輩が少し慌てて心配そうに覗き込んでくるのが恥ずかしくて両手で顔を覆う。なさけなくて、涙がまた出る。
「ごめっ、なさい…。めいわく、かけたくないのに…」
はぁ、とため息がひとつ聞こえて先輩はまた歩き出す。先輩が今どんな顔してるかわからなくて怖い、呆れられてしまっただろうか。ボールもよけられないのろまな奴って思われたかな…。高校生にもなって泣くなんてめんどくさい奴、時間がないって分かってるなら迷惑かけるなとか怒ってくれたらいいのに、先輩は「そんなことか、よかった」って優しい声で包んでくれるから思わず顔をあげるとぱちりと先輩と目が合って「痛くて泣いてるんじゃないなら、よかった。」と、裏表のない笑顔でくしゃりと笑った。
「大丈夫、迷惑なんて思ってないから。心配だから保健室まで送らせてください。」
「どうしてそんなに優しいんですか」
「僕が優しいのはいつものことです。」
そんな冗談でぴたりと涙は止まって、2人でくすくす笑い合って、もやもやした気持ちが少し晴れて、先輩の言葉ひとつひとつに一喜して。
「ありがとうございます。」
心配してくれてありがとうございます、保健室まで運んでくれてありがとうございます、ボールがぶつかったとき1番に駆け寄ってきてくれてありがとうございます。そんな意味を込めてお礼を伝えもうすぐ着いてしまう保健室まで、こっそり先輩のジャージを握ってみたり先輩の鍛えられた腕に頭を委ねてみたりして、熱の集まる頬を西陽のせいにする。きっと今だらしない顔してるんだろうな。