第4章 九夏三伏の実
橋の向こうから河川敷に降りてくる人影を見つけて、棘は駆け出した。飛び石を一足飛びに超えて、勢いそのまま雅に飛び込む。
ただでさえ小柄な雅に飛びついたらどうなるのか、予想しなかった訳ではない。「痛っ」と声を上げてバランスを崩す雅を抱えたまま、空中で回転して一緒に地面に落ちる。もちろん棘は下敷きだ。
遠くで「犬だな」「そうだな」と取り付く島もない感想を述べる真希とパンダを後ろ手に、雅を抱きしめて、顔を埋める。思いっきり息を吸うと、彼女の香りがした。
「嗅がないで!」
相変わらず顔を赤らめて恥ずかしがる雅に追い打ちをかけるように、棘は額にキスをする。いっそ齧り付いてしまおうかと思う程に慌てる雅の様子を見て、棘は満足そうに笑った。
真希に「愛情表現が犬」と評される棘の動向には、憂太も苦笑して「そうだね」と返す。土手の上から補助監督の呼ぶ声が聞こえて、棘は起きあがろうとする雅の手を取った。
楽しそうに雅の手を引いて飛び石から川を渡り、土手に戻る姿を指差して「見ろ、犬の散歩だ」とパンダが言うので、憂太は思わず吹き出す。憂太がもう一度「そうだね」と言う頃には、雅を引きずった上機嫌の棘が合流していた。
「今から夕飯でも行こうかって話してたんだ」
挨拶もそこそこに、真希は雅の肩から手を回す。半ば羽交締めに捕獲されて、雅は両手を上げた。抵抗はしないと目で訴えながら、適当な相槌を打って話の続きを促す。
「一緒に行くよな?」
「カツアゲかな」
真希の剣幕を察したパンダが「今日は雅の奢りだな」と勝手に喜んでいるし、棘は「しゃけしゃけ」と勝手に同意している。憂太だけが、少し同情した眼差しで雅を見ていた。