第4章 九夏三伏の実
燦々と照りつける太陽が傾いて消えてゆく、大禍時。棘は、川を眺めていた。蛇行する川は、定期的に払ってやらないと、呪の吹き溜まりになる。今日は様子見の予定だったが、早めに手をつけた方が良さそうだと、土手の上で待機している補助監督を探す。
「棘、どうする、手伝うか」
そう言って、パンダが肩を叩いた。棘の単独任務のはずだったのに、みんなで夕食にしようと約束したから、結局1年生全員が、棘の現場に集まってしまった。憂太が不安そうに辺りを見回す。
「範囲も広そうだし、数も多いね」
真希はもうすでに準備運動といって屈伸を始めていた。
「夕飯前に腹ごなしだな」
帳を下ろすようにと、棘が補助監督に手を上げると同時に、帳がもう降り始めていた。随分と察しがいいなと思った時には、辺りに溺れそうな程の濃厚な呪力が満ちていた。
目に見える程の無数の雫が、棘の周囲に顕現する。息苦しくなればなる程、気持ちのいい「それ」を、棘は肺いっぱいに吸い込んだ。
雅の呪力だ。
息苦しさと異様な光景に、憂太は刀の柄に手を添える。警戒するように周囲を見回すと、真希が首を振って憂太を止めた。
「安心しろ、味方だ」
耳を塞ぐように仕草で示しながら、パンダは「こりゃ一網打尽だな」と呟く。
無数の呪力の粒が夕日に照らされ、まるで鏡のように口元の呪印を写した時、棘は「爆ぜろ」と囁いた。
そっと置いただけの言葉は、帳に満ち溢れた呪力の中で響き合って、轟く。蛇行する川中で爆ぜる呪霊と共に、棘を囲っていた無数の粒も、反動を引き受けて、爆破し割れた。それはまるで粉々に割れたガラスのように、砕け散って消えてゆく。
呪霊が轟音と共に払われると、耳鳴りがするような静けさが訪れる。呪の音ひとつ聞こえない、川のせせらぎだけが帳に響いている。
一瞬の静寂を経て、水風船が割れたように帳が上がる。全てが夢だったと思うくらいの、瞬く間の出来事だった。