第2章 それは請い願った帰り花
今までも、沢山の時をべリアンと過ごしてきたつもりではいた。しかし、こんなにも近くに彼を感じたことがあっただろうか。
他の執事に比べて、背はあるのに細いよなぁ、なんて思っていたあの時の自分が信じられない。決して華奢だとかいう訳でもないのに、私はべリアンの腕の中に簡単に収まってしまうのだと知った。
普段しなやかで優しい所作の彼の腕の力強さも、常に冷静で穏やかな筈の息遣いに熱を帯びる時があるのだということも、今、初めて知ったのだ。
確実に、今までの彼と私の関係性に変化を生み出しかねないその気付きに、私はこれ以上何かを知るのが怖くなった。
離れなくては。
そう思うのに、身体は言うことをきかない。
そうして、鼓動がドクドクと激しく音を立てているのは、私だけでは無いのだと言うことにも、気が付いてしまった。
ベリアンの手が、震えている。
「、主様……こんな感情を、執事である私が主様に向けるのは、間違っているのだと、重々承知の上でございます。ですが、私は……」
あのベリアンが、息を詰まらせながら言う。
どこか辛そうな、苦しそうな声。でもそれは、明らかに熱を帯びた、衝動に近いものであった。
しかし、私がその言葉の意味を理解するより早く、突然ドンドンと音を立てて扉が叩かれた。
『ベリアン、いるかい?』
ルカスだ。
いつも比較的穏やかに、荒げた音を立てないルカスにしては、それは随分と焦った様子であった。
勿論、それ以上に焦るのは此方である。
バッと反射的に離れた私達は、直ぐ様お互い逆方向に脚を向け、今その瞬間触れていたことを誤魔化そうと距離を広げた。
バクバクと激しい音を立てる鼓動を誤魔化すように、手にしたタオルに顔を埋める。
きっと、今の私は酷い顔をしているだろう。
「主様、今日のレッスンはここまでに致しましょう。私は先に部屋を一度出ますが、後程また片付けに参りますので、全てそのままでお戻りください。」
ルカスの元へと向かったベリアンが、いつもと変わらぬ声色で声をかけてきた。
「わ、かった……ありがとう。」
彼は、ベリアンは何ともないのか。こんなにも気持ちが乱れているのは、私だけなのか。
そう思いながら、私は明らかに動揺した声で返事をした。いや、それ以外出来なかった。
パタン、と小さな音を立てて扉が閉まってからも、私はその場を暫く動くことが出来ずにいた。
