第1章 純情恋物語編
雅吉と翔吾さんが行ってしまうと、潤之助さんは、難しい顔のままあたしを見た
潤之助「……にの江殿は、御亭主殿が、昔、その名を轟かせた剣豪であることをご存知で、一緒になられたのか」
あたしは、二人が去って言った方へ目を向けたまま答えた
にの江「……何のコトを仰られているのやら……うちの亭主は、ロクデナシの風来坊でござんすょ」
潤之助「にの江殿!」
にの江「ねぇ、潤之助さん……」
あたしは、その昔
焦がれ抜いて、その恋の為に自分の家を潰してしまった程に好きだったヒトをじっと見詰めた
にの江「あたしは、武士の家に生まれて……シキタリやら家訓やら、家同士のシガラミやらの中で育って来ました……
……でも、結局、その全てに耐えきれなくなって、お家を潰しちまった」
潤之助「……」
にの江「潤之助さんは、殿方で………立派な跡継ぎでおいでだったから、お家を捨てられなかったのは、当然のことだと
あたしだって、ちゃんと弁えているんですょ
それでも
初恋ってのは、そう易々と忘れられるもんじゃあなぃ
…忘れようとすればする程……苦しくなるもんで御座います」
潤之助「……にの江…殿……」
潤之助さんの、大きな黒い瞳が、ゆらゆらと揺らいでいる
あの凛々しい瞳に見詰められて、馬鹿みたいに胸をときめかせた娘時代の自分を思い出す
あぁ、好きだったなぁ
そんな想いで、胸の奥底が熱を持って疼き出す
にの江「……忘れるコトが叶わない、忘れなければならない想いを抱えて生きるのは……
……辛いもので御座いますよねぇ」
気付くと
知らずの内に、目尻に涙が溜まっていた