第4章 溺れる手
「なぁに、おんりー」
「いや、なんでも……」
俺はすぐに目を逸らして皿を受け取るが、視界の横でニコニコ笑って離れないおらふくんがちらついて妙に集中出来なかった。
「ねぇ、おらふく……」
「ん〜?」
言いかけて俺は口を噤んでしまった。そこには何か言いたげそうにこちらを覗き込むおらふくんの顔があり、なぜか言葉を失ってしまったのだ。
「やっぱなんでもない……」
俺は何をしているんだと自分に言い聞かせながら盛り付けに集中すると、とうとうおらふくんが話し出した。
「おんりーってさ、僕の顔好きだよね」
「んなっ……」
危ない。もう少しでおたまを落とすところだった。
けれどもおらふくんはこんな様子すら面白いというかのようにゲラゲラ笑うから俺はわざとらしく膨れてみせた。
「なんだよ、笑うなよ……」
「ごめんごめん。だっておんりーかわいいからさぁ」
「え」
さらりとイケメン発言をしておらふくんはリビングへ戻って行く。握ったおたまを動かすのも忘れておらふくんの背中を眺めた。
「かわいいのはおらふくんの方だし……」
「なんか言った? おんりー」
くるっと丸い目が俺を振り向いておらふくんは訊ねた。俺は視線を落として盛り付けを続ける。
「なんでもないよ」
と返して。
俺は盛り付けた料理の入った皿を持ち上げながら、おらふくんに触れられた方の手をつい見つめてしまった。温かい手の感触を忘れないように頭の中で何度も反芻するくらいには、俺はおらふくんに溺れているのだと自覚するのだ。