第1章 好きに理由は必要か否か
可愛いと思った。
肩より少し長く伸ばした黒髪はサラサラで、タレ目気味の優しそうな顔つきと、高めの柔らかい声が妙に癒される。
特に決まっていない自由な制服は白のセーラーで、スタイルのいい体つきによく似合っていた。
「お名前聞いてもいいですか? 私は三年のです」
「あぁ、先輩なんスね。俺は二年の灰谷竜胆っス」
「ん? 灰谷? それって……」
「竜胆ー、なーにやってんの? あれ? さんじゃん」
兄貴が俺の肩に手を回して、軽く伸し掛る。
「兄貴、重てぇ……」
「竜胆とさん知り合いだったん?」
さんが先程の説明をすると、そこまで大して興味がないように「ふーん」と言った。
そして気づく。
彼女が、兄貴を見る時の目に。
この人も、兄貴を。
そう考えが浮かび、気持ちがモヤっとして、チクリと胸が痛む。
初めて付き合った彼女が、兄貴に惚れた時ですら、こんな感情は湧かなかったのに。
「さん、見すぎ」
笑いながら言う兄貴に、彼女は少し頬を赤らめて「あ、ごめんっ! つい綺麗だから」と苦笑する。
そんな彼女に「相変わらずだねぇー」なんて返す兄貴。
二人には、これが日常なんだろうか。
面白くない。
「じゃ、改めて。コイツは俺の可愛い弟の竜胆。で、コチラの可愛い方はクラスメイトのさんね」
「可愛いとか、さすが灰谷君は口が上手いなぁ。照れるー」
言葉通り、照れたように彼女は頭を掻いた。
「俺、行くわ」
この二人のやり取りを、いつまでも見せられているのは、正直勘弁だ。
歩き出した俺の、ポケットに入れている左手の肘の辺りを、彼女の小さな手が掴む。
「待って。放課後暇かな? お礼に何か奢らせて」
「いや、別に礼される程の事は……」
「さんて意外に頑固だから、素直に言う事聞いとけば?」
再び肩に腕を回してきた兄貴が、そう言った。
俺の方が彼女をよく知っているとでも言われた気持ちになり、またモヤモヤが広がる。
だから、つい意地みたいなものが生まれた。