第1章 好きに理由は必要か否か
今日も数人の女子が、俺を見上げて恥ずかしそうにしている。
もちろん、その女子達の目的は俺ではない。
「これ、お兄さんに渡して欲しいの」
人数分の手紙を差し出され、事務的に受け取る。
これも日常茶飯事だから、特にどうという事はない。
いつでも、女子の目的は“兄貴”だ。
校舎を歩きながら、周りを見渡す。
兄貴は目立つから、すぐに見つけられる。
一人でいても普通に目立つのに、やたらと女に囲まれてるから余計に目立つ。
「兄貴」
「おー、竜胆ー」
金と黒を半々に染め、かなり長く伸ばした髪を三つ編みにしている。
今まさに、後ろに立つ女子二人が兄貴の髪を結っている。
弄っていたスマホから顔を上げ、気だるげな目が俺を捉えた。
「毎回毎回大変だなー、ご苦労さん」
「もう慣れた」
完全に面白がってる様子でニヤリと笑った。
悪い悪いと言うけれど、全く思っていないだろう。悪いと思うなら、直接渡すように言って回って欲しいもんだ。
次の授業の為、俺は兄貴に続いて歩く。
相変わらず女子が数人纏わりついている。歩きづらくないのかとか、鬱陶しくないのかとか、色々考えながら階段に差し掛かる。
特に何かがあったわけじゃない。
ただ、何となくだった。
階段から、女子が降ってくるのが見えて、無意識にそちらに走り出す。
階段の手すりを片方の手で持ち、もう片方はその女子を受け止める為に使う。
最初に思ったのは“軽い”だった。
次に“甘い”で、最後に“柔らかい”だ。
受け止めた女子は、ギュッと瞑っていた目を恐る恐る開いて、俺を見る。
やたら大きくて、綺麗な目だ。吸い込まれるみたいに、見つめてしまう。
「っぶねぇ……大丈夫?」
「はあぁー……びっくりしたぁ……。大丈夫です、ありがとうございますっ! あの、お怪我ありませんか?」
体が離れ、向き合う形になり、少し下から大きな目が俺を見上げる。
「俺は別に。そっちは?」
「あなたが助けてくれたから、元気です」
言って、その女子は笑った。