第5章 だし巻き卵は母の味
次の日はいつになく雨が降っていた。この日はお店がお休みの日なので私は歯ブラシと歯磨き粉作りに取り掛かかった。先日の休みの日に山に繰り出して竹を取っていたのだ。
「ふぅ〜晴れてるうちに竹を取りに行ってよかった。」
私はお店の外に出て屋根のついた所で竹を割る作業に取り掛かった。すると扉が開く音がした。
ガラーッ。
「どうしたんだろう?誰か来たのかな?」
そう思い、お店の中に入って確認すると一人の男性がやってきた。
「すみません。今日はお店はお休みなんどす。明日には空いてるさかい、また明日に来ておくれやす。」
江戸の言葉も段々と覚えてきて話せるようになり、そう声をかけていると男性が困った顔をしていた。
「あっ、いや看板は見ました。すんまへんけど傘を持ってなくて雨宿りさせてもらえんやろか。」
男性はそう言って頭を下げた。
「そういうことならどうぞ!立ってるのもなんでしたらお店の椅子に腰掛けてくださいな。」
「ありがとうございます。」
雨宿りに来た男性を受け入れて私は扉を閉めた。
「すんまへんが、向こうで竹を割ってる最中なので奥にいますけど何かあったら声をかけてください。」
「俺のことはお構いなく。」
そう二言を交わして私は竹を割る作業に取り掛かかった。しばらくすると男性がこちらにやってきて言った。
「雨止むまで作業を見ててもええやろか?」
「でも、つまらないかもしれないですよ?」
「それでもいいんどす。前からお前さんの歯ブラシ作りに興味がありまして。前の店で出してた頃から買ってたものなんどす。」
「あーあの時の!」
私は思い出した。おむすび屋をやる前に歯ブラシ屋を外で屋台形式で開いていた時のことだった。毎日、熱心に通ってくださる男性がいたなと。
「お名前はなんていいますのや?」
男性が私に聞いてきた。
「穂乃果って言います。」
私は竹を割りながら答えた。
「俺の名は続逸(つぐゆき)って言います。」
これが私と続逸さんの出会いの始まりだった。