第1章 少女、理不尽を知る。
「そうですか」
問題が山積みだ。やる事が多くて、折角ゆっくりできると思ったのに、この忙しさがずっと続くかと思うと眩暈がする。
「ああ、結婚式のことですが、数日の内に大々的に行う事になるでしょう」
『数日⁉︎』
結婚式ってもっと何ヶ月も前から計画してやるものだと思っていた。という事はつまり、こいつは何ヶ月も前から知っていた訳だ。
『騙したのね…!』
「おや、何のことでしょう?」
白々しいにも程がある。最初から分かっていて、私を巻き込んだのだ。昔馴染みというだけで巻き込まれる私の身にもなって欲しい。
『結婚式が数ヶ月先と言われていたら私だって信じていました…!』
「おや、気付かれてしまいましたか」
『それにしても私の事なんてよく覚えていましたね。昔教室で話した事がある程度でしたのに』
いきなり私を巻き込んだ事に些か疑念はある。昔、ある事件以来彼とは極力関わりを避けてきた。今更関わろうとするのは正直やめて頂きたい所だ。
「薄情ですね。昔は良く2人で肩を並べて勉学に励んでいたものですが」
『よく言ったものです。嫌いな人をよく頼ろうと思えますね』
「嫌い?いえ、貴方の事を嫌ってなどいませんが」
嘘に決まっている。筈なのに、本当に思い当たる節の無いと言った顔をされると反応に困るのでやめて欲しい。
『兎に角、何故このような大掛かりな事を?結婚だなんて…』
「異論が?」
『…いえ』
こいつ、私が断れないと分かっていたんだ。権力を振りかざす事に何の抵抗も無さそうだ。
『もう、良いですか。丁度お茶も飲み終わった事ですし』
「まだ、もう少し付き合ってもらっても良いですか?報告が必要でしょう?それぞれの家族に」
『はぁ…分かりました』
抜け目がない。用意周到な策である。もう、抜け出せそうにない事は分かっていた。けれど、足掻かないのは私ではない。そっちがその気なら、私は死ぬまで足掻いてやる。思い通りになんてなってやらない。私は安い女ではないのだから。
『全く、理不尽な話ですね』
「ふふ…」
『言っておきますが、私を思い通りにできるなどと思わない事ですね。貴方なら、分かるかもしれませんが』
「ええ、よく理解しています」
不敵に笑う当主と商家の娘とのバトルが、今始まろうとしていた。私は、理不尽を知っても諦めない女である事を忘れないでいただきたい。