第1章 少女、理不尽を知る。
突然の出来事だった。病弱な父に代わって、紹介の仕事を一手に引き受けてから毎日が忙しく、ようやく落ち着いてきた頃のことだ。将軍の直属の部下からとある便りが届いた。明後日、稲妻城天守閣にて待つと言った内容のものだ。手続きは正式な手順を踏んで確認しながら行なっていたし、法外な値段を吹っ掛けた覚えもない。つまり、何も悪い事をしていないのだ。
『どういう事かしら…』
「お嬢様、どうかなさいましたか?」
次女の芹が茶を注ぎながら問いかけた。
『将軍様から、明日天守閣へ来るようにとのお達しを受けたの…』
「えっ…」
『心配することはないわ。何も悪い事はしてないもの。何か良い知らせかもしれないじゃない』
「そうですよね!」
芹が分かりやすく安心した顔をした。心配させるわけにはいかないと何とか必死に明るい話題に戻したが、私自身の不安が拭いきれない。
『今日の業務はこれで終わりにするわ。明日稲妻城の天守閣へ行かなくてはならないから、準備をお願い。それなりに良い着物を用意して』
「かしこまりました」
書類を片付けた後、自室へと戻った。どうせなら何の話かくらい教えて欲しいものだが、そんなに機密性を保ちたいのだろうか。
「お嬢様、夕食の準備が整いました」
『分かったわ。お父様は?起き上がれそうかしら』
「はい。今日は調子が宜しかったようで、一緒に食事を摂りたいとのことでした」
『そう…』
お父様と一緒に食事が取れる事自体は嬉しかったが、目下の不安のせいで上手く話せそうになかった。
「薫。調子はどうだ」
『お父様。勿論良好です』
お父様が使用人に支えられながら食卓へやってきた。
「商会の方はどうだ。私が寝込んでから迷惑をかけたね」
『問題ありません、お父様。商会の方も段々と落ち着いてきて、通常通りの状態に戻ってきています』
父は優しいお人よしだ。そのせいで若い頃色々あり、今こうして床にふせっている。娘想いで、いつも私を労ってくれる。
「そうか。薫。お前に伝えなければならない事がある」
『はい、お父様』
珍しく物々しい雰囲気でお父様が切り出す。
「櫻小路商会は、これから全てお前に任せる」
『お、とうさま…それはつまり…』
まさかこのタイミングで切り出されると思っていなかった。予測はついていたがもう少し先のことだと思っていた。驚いたせいで最初の言葉が詰まる。