第3章 いろはに恋を / 伊達政宗
「政宗、お願いがあるんだけど……」
安土城での軍議が終わり、もう公務もない事から御殿に帰るか……と思っていた矢先。
結衣が何やらしょぼくれた様子で、俺に遠慮がちに話しかけてきた。
一体どうしたと言うのだろう、こいつがこんな顔をするのは珍しい。
「どうした?」
「その、実は……ね」
少し話しづらい様子で話してくれた内容とは。
最近、外を歩くと誰かに後をつけられているようなのだという。
何やら視線を感じるのは解っているが、姿は確認出来ていないらしい。
これから得意先に依頼品を届けなくてはならないのだが、ちょっと気味が悪いから一緒に来てくれないかと言うのだ。
(こいつに好意を持ってる男だろうか、それとも)
結衣は『織田の姫』ということで認識されている。
それ関連で不逞の輩に目を付けられることも多く……
何か危険があってからでは遅いわけで。
俺は結衣の小さな頭をぽんと撫でると、自分でも少し驚くくらい優しい声で了解の返事を返した。
「いいぞ、お前を危険に晒せないからな」
「ありがとう、助かるよ」
そこでようやく結衣の強ばった顔が緩んで、少し笑顔を見せる。
ああ、こいつはやっぱり笑っていた方がいいな。
そう思ったら何だか近づきたくなって、その頬に唇を押し当てていた。
軽く甘い音を立てて啄めば、結衣は瞬時に触れた頬を朱に染める。
「政宗っ……!」
「したくなったからした」
「もうっ……」
触れた箇所を手で押さえ、そっぽを向く姿がなんとも可愛い。
こういう反応を見せるから、触れたくなるんだよな。
こんな時、妙に胸が熱くなるのは何故だろうか。
名前の付けられない感情に疑問を持ちつつも……
俺はただ目の前の結衣が可愛いと、率直にそれだけを感じていたのだった。
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