第10章 マッチ売りの少女…12月31日♥
この世に生きている者にとっては触れることはないある世界にて。
そこは、広大な洞窟と似ている。
いくらでも入り組んでいて果てがない。
ひらけた荒野があっても、結局そこは岩穴に過ぎなく、暗くじめじめとした空気がよどんでいる。
かすかにうごめくものもいる。
けれど何にしろ、作ることや育むことをこの世界は放棄していた。
何もかも壊して消え去った後にはこんな風景が残るのかもしれない。
うごめくものがヒュッ。と、より暗い穴の中に消えていく。
その中の一つが向かった先────石造りの壁や天井は同じ色の影をつくっていて、温かみを感じることができない。
黒いドロドロした塊の『なにか』は、音を発していた。
それは
よく見れば人の形に似ているかもしれない。
よく耳をすませば声に似ているかもしれない。
大きな丸い玉の前に『なにか』はいた。
人の子供の背丈もある玉の表面は虹色をしていて、透明感のある真珠と似ていた。
玉がパッ、パッ、パッと鮮やかな映像を映しては切り替わる。
それが映していたのは主に人間の姿だった。
いくつもの時代、様々な国、色んな人種、移り変わる表情────やがてあるところで止まった。
『マッチはいりませんか………マッチを買ってくれませんか………』
レンガの建物が並んだ、素朴な街の景色だった。
か細い声で外を歩く少女がそこに映っていて、道行く人々が彼女を通り過ぎていく。
その映像を観ているとでもいうのか。 『なにか』は妙に感じ入ったようにその場に佇んでいた。
「マッチ………」
それは『なにか』が知能というものを得て、最初に真似た言葉であった。