第1章 微笑―月下の君―
1階に降りると、入ってきた時とは様変わりしていた。
壁一面に飾られていた絵画がウゾウゾと動いている。
これが呪骸?
呪骸の形はいろいろあるため、たとえ絵画の形でも驚きはしないが、術師である館の主人は殺したはずだ。
なぜまだ動く?
足を止めた甚爾の背後から伽那夛が前方を覗き見る。
「あなた、ここに入ってきた時なんともなかったの?」
「まぁな……走るぞ」
「わ、ちょっと!えっ!?」
「口閉じてろ、舌噛むぞ」
甚爾は伽那夛を小脇に抱え上げると、今にも呪骸が塞いできてもおかしくない程狭い廊下を凄まじいスピードで駆け抜ける。
術師死亡後に呪骸が動くのは謎だが、術式範囲から出てしまえばなんてことはない。
玄関の扉も破って外に出る……つもりだった。
バチィッ
「痛ーっ!!」
甚爾は扉を破れたが、伽那夛はすぐ外側にあった結界に思い切り弾かれてしまった。
外に出られず玄関にうずくまり、鼻を押さえて涙目になっている。
呪骸もそうだが、どうやらこの洋館の結界は主人が張ったものではなかったらしい。
「あー……オマエ、結界抜けられねぇのか」
「鼻!鼻折れた!絶対折れた!」
恨めしげに甚爾を睨み上げた伽那夛には背後に殺到する呪骸が見えていない。
「ぅわっ!」
甚爾が一瞬で伽那夛の下へ戻り、彼女を抱えて廊下に面した部屋に飛び込んだ。
すぐに扉を閉め、重い調度品を置いてバリケードにする。
これで多少は時間が稼げるだろう。