第1章 微笑―月下の君―
「何?何?なんなの!?」
未だに鼻を押さえながら、何が起こったのかといくつも疑問符を浮かべる伽那夛の前に膝をつく。
「騒ぐな。鼻見せてみろ」
手を外した伽那夛の鼻は赤くなってはいるが、本人が大騒ぎしているような怪我にはなっていなかった。
「……鼻血も出てねぇし、折れてねぇよ」
さて、ここからどう出ようか。
伽那夛が抜けられない以上、結界を壊すなり解除するなり必要になってくる。
面倒くさいと思った矢先、伽那夛が口を開いた。
「ここの絵画、多分大本の絵に取り憑いてる呪霊の術式で動いてるわよ」
「大本の絵?」
「書斎にあったわ。その絵だけ妙な呪力を放ってて、さっき動いてた絵画の纏ってる呪力と同じだもの。ついでにここの結界の呪力も同じ」
「じゃあその絵をどうにかすりゃいいのか」
「あくまで“多分”よ」
伽那夛の言う“大本の絵”、甚爾には心当たりがあった。
「ソイツはこんな絵か?」
甚爾が見せたのはこの洋館の主人を狂わせた元凶『微笑―月下の君―』の画像。
描かれた婦人を見て伽那夛は瞠目する。
「……分からないわ。呪力を感じただけで、中身までちゃんと見てないもの」
まぁそれが正しい対応だろう。
もしまともに絵を見て狂いでもしていたら、こんな会話は成立していない。
「それにしても気味悪い絵ね」
「ソックリだよな」
ソックリなのは見た目だけで態度は正反対、などと言えばまた噛みついてきて面倒事になりそうだったので、一言に留めておく。
「どうしてこれが大本の絵だと思うの?」
「俺が殺した男が狂った原因だからだよ」
「……」
叩いても蹴っても自分に迫ってきた男の殺害の光景を思い出し、伽那夛はなんとも言えない表情をした。