第1章 微笑―月下の君―
忌々しげに睨んだ扉の先には人の気配があり、閉じ込められていた部屋の扉が開く。
すると初老の男が入ってきた。
「あなたねぇ、呪骸を使って私を攫おうなんて、いい度胸してるじゃない!後悔させて……」
「ああ、会いたかった!この時をどんなに待ち侘びたことか……!」
恍惚とした表情でいきなり跪いた男に伽那夛の文句は引っ込んだ。
「な、何?私、あなたのこと知らないんだけど」
「私はずっと見ておりました。狭い額縁に閉じ込められたお姿を。ああっ、おいたわしい!私は胸が張り裂けそうでした、私の君……!」
男は跪いた姿勢のまま、うっとりと伽那夛に手を伸ばしてくる。
ぞぞっと全身に鳥肌が立ち、伽那夛は反射的にその手を払いのけていた。
「触んないでよ!変態オヤジーッ!!」
尚もにじり寄ってくる男の胴体を蹴飛ばす。
しかし、よろめいて少し後退っただけで全然堪えていない。
「この変態!私に指一本でも触れてみなさい、その指へし折ってやるわ!」
そんな罵倒も焼け石に水、男は不気味な微笑みを貼り付けて歩み寄ってくる。
「ああ、まさに月下の君……!私はついに手に入れた!」
「ちょっと人の話聞いてるの!?こ、こっち来ないでよ!」
男が足を止める気配はない。
このままでは壁際に追い詰められる……し、何より気持ち悪い!
「来ないでってば!む、無理ーっ!!」
伽那夛はとうとう耐えきれなくなり、全速力で部屋の出口へ走り出し、躊躇なく扉を開けて飛び出した。