第4章 息抜き
車を出して割とすぐに伽那夛はバツが悪そうに呟いた。
「……その、さっきは悪かったわよ」
「悪いと思ってたのか」
当たり屋に言いがかりをつけられた時は「自分は悪くない」と主張していただけに甚爾は目を丸くする。
意外だな、と呟くと伽那夛は口を尖らせた。
「多分あなたが思ってるのとは違うわ……私、あなたが禪院家の出身だと思わなくて、分からずやって思ってた」
「ああ、くだらねぇって言ったやつか」
「……それはあなたが禪院家から受けている仕打ちを踏まえての実感よね?」
「少し違う。だいぶ前からあの家は見限ってる。オマエが想像しているのは、俺にとっちゃ過去のことだよ」
もう禪院家と関わりを持つことはない。
だから彼女の言う“仕打ち”というのも過去の出来事だ。
甚爾が苗字を名乗らなかったのはひとえに伽那夛がうるさくなって面倒そうだったからにすぎない。
だが、それで伽那夛の気は収まらなかった。
「それでもその過去にどんな扱いを受けてたかくらい想像できるわ。私、そんなことも考えずにあなたに酷いこと言いそうだった。『あなたみたいな殺し屋に何が分かるの?』って」
「ホント真面目な奴だな。実際には言ってないんだから謝る必要ねぇだろ」
「それじゃあ私が納得できなかったの。あなたのことを一方的に決めつけて好き勝手言って……どっちが分からずやだって話になるじゃない」
相手の外見だけで全てを決めつける、それでは伽那夛の大嫌いな五条家の大人達そのものだ。
自分はあんな大人には絶対になりたくないと心に決めていただけに、今回彼のことを決めつけたのは浅慮だった。
「それと……さっきはありがとう。競馬場だったのはちょっと物申したいけど、私に気分転換させてくれたんでしょ」
もっと他にも適当な場所があっただろうと言いたかったが、襲撃してきた呪詛師の言葉にささくれ立っていた気分は確かに上向いた。
「オマエのためじゃねぇ、俺の気分転換だっての」
「たとえそうだとしても私はそう受け取ったの!どう受け取ろうが私の勝手よ」
「そうかよ」
言うこと言ってスッキリした伽那夛は再び窓の外を流れる景色を眺め始めた。