第4章 息抜き
やけにトイレが長いと訝しんだ甚爾が伽那夛を探して歩き始めるとすぐに彼女の口論の声が聞こえてきた。
声の方を見ると案の定伽那夛は男2人と何やら揉めている。
「そっちがぶつかってきたんだから、謝るのはそっちでしょ?」
「何言ってんの?アンタがぶつかったから携帯が壊れたんだ。弁償してくれんだよね?」
「私は避けたのにあなた達がわざとぶつかってきてそれを落としたんじゃない!」
「わざとぶつかったって証拠あんの?」
「それは……!」
いっそ見事なまで難癖をつけられている。
世間知らずな彼女のことだ。
こういった輩が世の中にいるなんて思ってもみなかったのだろう。
口論の内容から察するに相手の自作自演。
伽那夛なので簡単に折れることはないと思うが、妙に素直なところがあるから言い負かされるかもしれない。
「っ、離してよっ!」
切羽詰まった声が聞こえてきて、いよいよ危ないことを察する。
無論伽那夛の身の心配というより、カッとなった彼女があの男達に危害を加えることへの危惧だ。
騒ぎになるのは御免被る。
甚爾は人混みをかき分けて近づき、
「ガキ相手に何つまんねぇことしてんの?」
そう言って伽那夛の細腕を掴む男の腕を掴んだ。
「アンタ誰?……っ」
見上げる形になった男がわずかに息を呑んだのを甚爾は聞き逃さなかった。
大方、この口元にある傷痕を見て、堅気の人間ではない可能性が頭をよぎったのだろう。
ここで何か事を起こす気は毛頭ないが、実際殺し屋なのでその直感は当たらずとも遠からずだ。
「病院の世話にはなりたくねぇだろ?」
握る力を少し強めると、男は痛みに顔を歪め、堪らず伽那夛を放した。
そして何やら捨て台詞を吐いて走り去る。