第3章 冷たい激昂
意外だった。
伽那夛が刺客を1人も殺さなかったことが。
特に最後の1人の言動は彼女にとって非常に耳障りだったろうに、怒りに任せて靴のエッジで頭を蹴り割ることはせず、わざわざエッジ部分を当てないようにして気絶させた。
甘ちゃんだとかそういうのではない。
腑が煮えくり返っていた中、きちんと自分の理性で殺意にブレーキをかけたのだ。
―私のことを見てもいない奴に私が負けるとでも?―
その言葉に彼女の怒りの根源を垣間見た気がする。
そしてその怒りは自分も抱いたことがあること……
いくら憤っても、苛立っても無意味だと分かり、いつしか諦めていたことも。
刺客全員を返り討ちにした後、身を翻してこちらに歩いてくる伽那夛の顔からは出会った頃のような利発な表情は消えていた。
すべてが嫌になったような冷たい瞳、形の良い唇をきつく引き結び、荒く鳴る靴音から憤りが伝わってくる。
有体に言えば、何人か殺してそうな顔だ。
それを指摘してやると本人もやっと気づき、自分の表情に戸惑いを見せる。
確認の意味も込めて殺さないのかと尋ねると、
「……嫌よ。靴が汚れるわ」
いかにもお嬢様らしい返答だったが、それ以上に投げやりになっている口調や表情には身に覚えがありすぎて皮肉も出てこず、気づけばただ肯定していた。