第3章 冷たい激昂
それを冷たく見下ろす伽那夛は小さく息を吐く。
すると先程割れた靴底が元に戻り、エッジを格納した。
立っている人間が自分と甚爾だけになったことを確かめて車に戻る。
苛立ちから靴音が荒くなっていく。
誰も彼も悟、悟、
馬鹿の一つ覚えみたいに悟ばかり。
今頃私の親だって悟にどんな迷惑が及ぶか心配してるんだわ。
誰もが私を“五条悟の従姉妹”としてしか見ない。
……誰も私を、“五条伽那夛”を見ない。
嫌になる。
気分が悪い。
車に乗り込もうとすると、運転席側の屋根部分に肘をついて見物していた甚爾と目が合った。
「殺さねぇのな、アイツの頭カチ割っちまうかと思った」
「そんなことしないわよ」
「鏡で自分の顔見てみろよ。やりかねない顔してんぞ」
そう言われてふとサイドミラーを見ると、それは酷い顔をした自分がこちらを見返していた。
わずかにたじろいだ伽那夛に甚爾がニヤリと笑う。
「今から殺すか?別に俺は止めない」
確かに殺してしまえばあの男は二度とあんな口は聞けなくなる。
でもそれが自分の満足に繋がるのか、伽那夛にはどうしてもイメージできなかった。
こんな男のために自分が労力を割いてまで動かなくてはいけないのかという疑問もあって、手を下す気は全く起きない。
「……嫌よ。靴が汚れるわ」
「違いねぇな」
適当な理由をつけたつもりだったが、返ってきた肯定の言葉に少しだけ心が軽くなった。