第1章 微笑―月下の君―
……ありゃ誰だ?
ターゲットの男には娘はいない。
顔立ちも骨格も似ていないから親戚でもないだろう。
仕事柄、依頼人とターゲットのみならずその関係者も一通り顔と名前は覚える。
頭の中にある関係者リストと照合するが、誰にもヒットしない。
だが、確かに見覚えのある顔だ。
しかも以前会ったとかではなく、この仕事の関係で見た……
「ああ、まさに月下の君……!私はついに手に入れた!」
初老の男―館の主人の言葉に甚爾ははたと思い当たった。
そうだ、あの絵に描かれた女に似てんだ。
とは言ってもあの絵画は成人女性、こっちは見目が整ってるとはいえまだ少女だし、化粧っ気もない。
明らかに別人だと判別できる。
しかし、ここの主人は少女を絵画の中にいる女としか見れなかったようだ。
少女に何度も叩かれ、蹴られているのに懸命に手を伸ばして触れようとしている。
「ちょっと人の話聞いてるの!?こ、こっち来ないでよ!」
いい加減気味悪くなったのか、少女の威勢は落ちるばかり。
どっちも殺すべきか?
ガキでも目撃者は厄介だからな。
……となると死体の処理が少し面倒か。
「来ないでってば!む、無理ーっ!!」
ついに耐えきれなくなった少女は走って書斎を飛び出した。
当然、書斎の外にいた甚爾と鉢合わせる形に。
勢いよく飛び出してきた少女の利発そうな黒い瞳と目が合う。