第1章 微笑―月下の君―
洋館の周囲に張り巡らされた結界をすべて通過し、音もなく侵入する。
広い玄関、両側に扉、廊下の奥には階段がある。
特徴的なのはびっしりと隙間なく壁を埋め尽くす絵画の数々、美術には特段興味がないため、良し悪しは分からないが、人物画ばかりで異様な光景だ。
ターゲットである館の主は2階の一番奥にある書斎にいると聞いており、甚爾は奥の階段へ歩いていった。
……静かだな。
呪骸がうろついてるって話だったが……
この館には主人と呪骸しかいない、というのが孔から聞いた事前情報だ。
確かに人の気配はほとんどないが、呪骸もいない。
壁や扉を隔てた向こう側にもそういった気配がないのが妙だった。
その後も何の妨害もなく、主人が篭っているという書斎に辿り着いた。
しかしこちらも予想外なことに人の気配が2つある。
誰か来ていたのか……
そこにいる人物が誰かによっては一旦引き返して後日仕切り直すことも考える必要がある。
甚爾は足を止め、聞き耳を立てる……といっても特に防音室でもないので、立ち止まって少し耳を傾けるだけで中の会話は丸聞こえだ。
「触んないでよ!変態オヤジーッ!!」
部屋の中から少女と思しき威勢の良い声と共にドゴッと鈍い音が聞こえた。
静かに扉を開けて隙間から中を覗き見ると……
「この変態!私に指一本でも触れてみなさい、その指へし折ってやるわ!」
13〜14歳程度の少女が初老の男をボコボコにしていた。