第1章 微笑―月下の君―
「……2000で送り届けるって言っとけ」
伽那夛の知らない誰かとの電話。
出されたその条件に胸の奥に黒い靄が広がった。
裏社会のことを知らなくとも報酬の話というのは分かるし、ましてそれが2000円でないことも分かった。
私をダシにして家からお金を巻き上げるつもりなんだわ……
別に五条家に対する申し訳なさはない。
あるのは”果たしてあの家が自分のためにそんな大金を出すのか?”という疑問。
―あれは少々お転婆すぎて困る。一体誰が躾けたんだか―
―少し顔がいいからって調子に乗ってるのよ。大した術式でもないくせにね―
―ほら、厨房を手伝わないなら叔父様にお酌なさい。ちょっと身体を触られたからってカッとなって手を上げてはいけませんよ?―
―うちの嫁を見習って淑やかにしたらどうなんだ?……ああ、生まれた時に母親の胎に置いてきてしまったからできないのか―
うるさい、と頭を振って心を蝕む言葉の数々を追い出す。
私のことを心配する人間なんて、あの家にはいない。
案じているのは五条悟に害が及ばないかどうかだけ。
彼が電話を切ったのを見計らって報酬が期待できないことを言ってやる。
「……自分で言うのもアレだけど、私の術師としての価値なんてそんなないわよ」
もっと突っぱねるように言うつもりだったが、実際に口から出たのはなんとも頼りない声だった。
それに対する返答は、
「あ?何言ってんだ、最初に高値吹っ掛けんのは価格交渉の基本だろ」
こちらの都合などお構いなしの自分本位なものだった。