第1章 微笑―月下の君―
「そういうことは先に言いなさいよねっ!!」
もう2階に行ってしまったであろう甚爾に向けて、伽那夛は声を張り上げる。
当然ながら返答はない。
伽那夛が身構えると、靴の厚底部分が縦に割れて中から鋭いエッジが出てくる。
さながらスケート靴だ。
これが伽那夛の武器。
エッジ部分に呪力を纏わせればより鋭利な刃になり、迫り来る絵画を次から次へと切り裂いていく。
這い寄る貴婦人を額縁ごと蹴り割り、天井から落ちてくる男爵を宙返りして切り裂き、その勢いのまま着地点にいる老爺を踏み抜いた。
続いて壁を伝って襲いくる複数枚をまとめて蹴飛ばし、後ろにいた家族絵にぶつけ、調度品の裏に隠れた絵画は調度品ごと貫く。
伽那夛は動きを止まることなく、寄ってくる絵画を蹴り壊し続ける。
それはまるで流麗な踊りのように。
目撃者した者がいれば拍手を送ったであろう見事な舞であった。
だが本人にそんな余裕はなく、額には汗が浮かび始めている。
一つ一つは脅威でもなんでもないけど、
数が多い……!
もちろんできるだけ多くを一度に巻き込めるように立ち回って蹴りを繰り出しているが、それも限度はあった。
術式を使って、とも考えたが絵画の数が多すぎて動ける空間が少なく、満足に立ち回れない。