第35章 新たな背中の時間
『まさかぁ。普通ネット通販用にも一杯描いたりしてるからどれがどれだか他の芸能人でも分からないと思うよ。
だからせめて直接渡せる範囲では忘れにくくしておきたいんだ』
「…」
『配信でお話しする時は何も知らないどこの誰かが画面の私を見て応援したり揶揄したりする。私だって人間だからさ、この言葉どういう意味で打ったんだろうって意識から消し去ることは難しいよ。でもね、ああやって直接お話しできる機会があるときは…私のことを応援してくれる人は本当にいるんだって安心するんだ。
目からちゃんと熱量ってのは伝わってくるから。演奏の事を褒めてくれた君みたいに、ね』
「…!」
『歌の事以外で評価されたのは意外だったなぁ。みーんな”歌姫”って看板ぶら下げたがるから。
物事にはね、みんな理由があるの。私が何でもできるのも、なんでか知ってる?』
「……そんなの…才能とかに決まってるじゃん…
幾ら練習したって…叶わないことだってあるんだから…」
小さく悪態をついた。もう既に諦めている夢があるようだ
『才能…か』
「変な事言った?」
『私は友達という選択を切り捨てて代わりにその「才能」を選んだからだよ』
「…え?」
『普段の時間はほぼ全て私の「教育」の為に費やされた。習い事なんて一日十時間なんてざらにあったよ』
「嘘…だってあの、Mineが…」
『見せなかったもん、頑張る姿なんて。表面上では「本当に才能がある奴」を演じなさいって強要された。そっちの方が親が気持ちいいんだって』
「……キモ…」
今まで黙って聞いていた叶君がようやく共感してくれた
『だから叶君と一緒。本当の友達もいなかったし、孤立してて”普通”が叶わなかったんだ』
「……じゃあなんで、歌ってるの?あれだけ躾られたら、嫌いになるもんじゃないの?」
『………強いていうなら、元々好きだったから、かな。初めて投稿した時は、何かしらを伝えたかったのかもしれない。こんな苦しい生活から逃れる為に。でも、結局気付かされたのは私の方だったんだ。
夢を語る無邪気な私がかつていたんだよ』
「……」
『私がMineを始めた理由は言えないけどさ、私の中にまだ夢を諦められない部分があったんだ。ここで妥協したら私は本当に親の言いなりになる…だからいつか権力のある有名人になって親をぎゃふんと言わせてやるのが目標』
