第31章 残夏の疑惑の時間
「なあ、イトナ」
そう声をかけられ顎を上げると…
((ゴッ
鈍い音を立てて頭を殴られる
「一度や二度負けたくれぇでグレてんじゃねえ!!
”いつか”勝てりゃいいじゃねぇか!」
「…」
「あのタコ殺すにしたってなぁ!今殺れなくたっていい、100回失敗したっていい。三月までに一回殺せりゃあ、それだけで俺達の勝ちよ!
親の工場なんざ、そん時の賞金で買い戻しゃ済む話だろうが。そうすりゃ親も戻ってくる」
今まで黙って寺坂さんの話を聞いていた堀部さんはようやく口を開けた
「…耐えられない。次の勝利のビジョンを作るまで、俺は何をして過ごせばいい…?」
「はあ?
今日みたいにバカやって過ごすんだよ。その為に俺らがいるんだろうが」
彼の背中が、今日はひときわ大きく見えた気がした
「…あのバカはさあ、そんな適当な事平気で言う。でも、ああいう馬鹿の一言はこういう時、力抜いてくれんのよ」
優しく赤羽さんが言った
『ちょっと……惚れそうです。ああいう人』
「は?何勝手に好きになってんの?俺は許してないからね?」
『いやそっちが何言ってんですか?ていうかなんで私の好意貴方が握ってんですか?』
茶番は早めにスルーして会話の続きを見る
「…俺は、焦っていたのか」
「だと思うぜ」
激しく興奮していた触手ももう力なく垂れていた
ようやく、本人自身が腑に落ちたようで私は胸を撫で下ろした
『(大丈夫だよね。もうこれで、孤独で苦しむことは、利用されることはないんだよね?)』
「目から執着の色が消えましたね、イトナ君」
といつの間に先生が堀部さんの前に現れた
「今なら君の中の触手細胞を取り外せます。一つの大きな力を失う代わり、多くの仲間を君は得ます
殺しに来てくれますよね?明日から」
堀部さんは、諦めたような、呆れたような、それでいて満たされた顔で笑みを浮かべながらこう言った。
「勝手にしろ。
この力も、兄弟設定も、もう飽きた」
後日、堀部さんは教室に足を踏み入れた。あのヘアバンドを付けて。
ここに来るのはあの対決以来だなと私は少し苦笑いをする
「おはようございますイトナ君。気分の方はどうですか?」
先生が登校してきた彼に少し挑発気味に聞いた
「最悪だ。力を失ったんだからな」