第28章 夏の匂いが残る頃に
渚side
二人きりの部屋で少し目を腫らした遊夢ちゃんを見ていると今なら何でもできる気がしてきた。
抱き締めたり、キスしたり、それ以上の恥ずかしいことだって…
けど、初めては強引にはしたくないし、そもそも僕等は付き合ってすらいない
用は弱くなった遊夢ちゃんに興奮しているんだろう。情けないし卑劣だ。
しかしその気は止まることなく、誰もいないことをいいことに今までずっと言えなかったことを聞いた
「…遊夢ちゃんはさ…好きな人とかいないの?」
『?
何ですかみんなして、その話題はやっているんですか?』
彼女は不思議そうに僕の顔を見た。どうやらカルマ君にも同じようなことを聞かれたらしい
しまった、先を越された
「なんて返したの?」
『好きだって』
何も分かっていない様子なので頭の奥でため息をついたのはいうまでもない
「…違う。恋愛的な意味で」
彼女の本音が聞きたくて、少しずつ、少しずつ、ベッドに隣接している壁に追い詰める
『え、なに…』
「遊夢ちゃんに、生涯の一部を捧げてもいいような愛する人はいないの?」
始め怖がっていた遊夢ちゃんも、その質問でピタリと固まる
知っている、ちゃんと冷静に考えている目だ
『渚さんはいないんですか?』
「!?」
「…僕が聞いてるんだけど?」
『違うんですか?
人はまわりくどいことを聞く時、相手に自分にして欲しい質問を聞くという傾向があるんですけど』
追い詰めたと見せかけて、追い詰められたのはこっちの方だったようだ
好きか……
遊夢ちゃんを好きかどうか…
僕はずっとそれを悶々と考えていた
遊夢ちゃんの質問に、脳裏をよぎったのは、
初めて会った時の事だった
―――
「おい、見ろよ」
「早稲田さんだ!」
「音楽特待で合格したんですって」
「でも成績もほぼ主席なんでしょ?」
「しかも顔も整っていて、あの傷一つない肌と髪!」
「ウチの学校の鏡だよね」
一年の時、椚丘中学校に特待生として入学してきた遊夢ちゃんは注目の的だった。おまけに長いクリーム色の髪をなびかせる美人で物静かだったからクラスでは高嶺の花。遠くから見つめる存在だった