第27章 バベルの塔の時間
「安心しな、おまえにだけはウィルスを盛ってない。何せおまえは今から…」
その怒りは…
他でもない渚さんに止められた
奴の言葉が終わる前に、渚さんは落ちた実用ナイフを持って立ち上がる
「殺…してやる…」
その小さな言葉で私はようやく現状に気が付けた
今ナイフを構える彼の呼吸は荒く、目はぎらつき、深海の海のように澄んでいた。
私でもわかる。
彼は今相手しか見えていない
身体からにじみ出る殺気は私の筋肉を縮めるのには十分だった
「クククそうだ。そうでなくちゃ」
舌なめずりをした奴がナイフを持ち直す
「殺してやる…よくも皆を」
駄目だ…あのまま戦うのは得策じゃない!
先ほどの自分の殺気と怒りも忘れ、私は必死に彼を引き戻そうとした
『駄目です渚さん!!!今のままじゃ…』
しかし、彼は一向に戻る気配はなく、一歩、また一歩と足が止まらない。本当に文字通り筒抜けのようだ。殴ってでも連れ戻したいけど、拘束のせいで上手く身動きが取れない
もう私に止める力はないと悟った時、
脳裏に浮かんだのは、初めてあいつに会った時。
始めて何かに怒り、手を出した時。
覚えていないけど…私もあんな感じだったのかな…?
自制する力さえあれば、渚さんを止められたのかな…?
ガンッ
その時、渚さんの頭に当たったのは…
スタンガン
「チョーシこいてんじゃねーぞ渚ァ!! 薬が爆破された時よ、テメー俺を憐れむような目で見ただろ!
いっちょ前に他人の気遣いしてんじゃねーぞモヤシ野郎!! ウィルスなんざ寝てりゃ余裕で治せんだよ!!」
『寺坂さんッ!』
寺坂さんは奴のウイルスに侵されている。それでも彼はここに仲間と立って敵と戦って来た
鷹岡があんなに罵倒した時、どれだけ不安だったろう、どれだけ悔しかったろう
その本人があんな大声で私達を罵倒しているのだ。
私はなんだかおかしくなってくすりと笑ってしまった。渚さんのもいつの間にかいつもの顔に戻っている