第12章 いち子
――――小一時間後。
わたしたちは蕗田先生の別荘でお茶をいただいていた。
「嬉しいねえ、いち子くんがここまで訪ねてきてくれるとは。」
蕗田先生は心なしか皺の増えた顔をくしゃくしゃにして笑った。
「わたし、退学になっちゃって‥‥‥」
「――――そうか‥‥‥‥」
蕗田先生は遠い目をした。
が、すぐに隣の賢人に視線を移して
「しかも恋人と一緒とはこれはこれは。」
「ち、違いますっ!賢人、ちがっ‥‥賢人くんとは昨日会ったばかりでっ!」
「ほう?」
「さあさあ、こちらもどうぞ。」
窯で会えた蕗田先生の奥様がお菓子のお皿を持ってきた。
「それにしてもあなた、久しぶりに笑ったわね。退職になってからずっと難しい顔をしていて‥‥‥‥いち子ちゃんたちのおかげね。ありがとう。」
「‥‥‥っ、御礼を言わなきゃならないのはわたしたちですっ!奥様が出て来てくださらなかったらわたしたち追い帰されてた‥‥‥」
「それにしてもおばさ‥‥‥じゃなくてオクサマは怪しいと思わなかったんですか?見ず知らずの自分たちが突然やってきて‥‥」
「ふふふ‥‥‥」
賢人の問いに奥様は優しい声で笑った。
「おばさんでいいわよ――――そうね、私も長年教鞭をとっていましたからね、子供の声が聞こえるとつい反応しちゃうのよ。
しかもあなた方の声は切羽詰まっていた‥‥‥これは何か困り事かなって。」
そうだ、蕗田先生の奥様も先生だったんだ。間接的にだけどわたしたちも国語を教わってた。
「‥‥うちの人の忘れ物を持って来てくれただけじゃないんでしょ?」
奥様はわたしがお返しした湯呑みを撫でながら言う。
(す、鋭いな。)
「‥‥‥‥じゃ、話を聞いてくれ。じいちゃん、おばさん。」
賢人はソファに座り直し、前髪の奥の黒い瞳を光らせた。
「自分もあの高校を退学になったんだ―――――