第1章 無題
「警察から話を聞いた時、色々想像したんだ。実は僕には弟がいてね。3つ歳が離れていた。僕も弟も幼い頃から両親に過度な期待をされていた。将来は医者か弁護士になるように言われていた。僕はその期待に応えるべく学生時代は必死になって勉強して成果も出していた。でも弟はそうはいかない様子だったんだ。弟も一生懸命勉強はしていたんだけど、なかなか成績はついてこなかった。段々両親は弟を見放すようになって、その分僕への期待が高まり、いつしか僕と弟を差別するようになっていた。」
私は先生の話をじっと聞きながら、心の中では「私と同じだ」と考えていた。
「弟はいつも、“兄さんが羨ましい”と言っていた。僕はそれが、尊敬されているようでとても嬉しかった。言葉ではお前もやれば出来るよ、なんて言っていたけど、僕はすごいんだって威張っていたところもあったと思う。今思えば、もっと弟の心の内を考えてあげればよかったと思うよ。」
「弟さんはその後どうなったんですか…?」
私がそう問いかけると、先生は歯を食いしばり、少し涙ぐみながらこう答えた。
「弟は…自殺したよ…。まだ中学生だった。ある日、弟が学校を休んだことがあって、その日両親は2人とも朝から仕事に行っていた。僕も学校に行って、15:00過ぎだったかな。家に帰ると、リビングで弟が首を吊っていた。僕はすぐ救急車を呼んだよ。病院で処置を受けたが、弟が帰ってくることはなかった。」
顔を歪ませながら、ぽつりぽつりと話す先生の声は少し震えていた。
「弟が死んで数日後、僕は弟の部屋に入ったんだ。学習机の上に1枚の紙切れを発見してね。そこに書かれていた言葉に僕は絶望したよ。」
「なんて…書かれてたんですか?」
私がそう聞くと、先生は苦笑して答えた。
「『兄さんが憎い』って、ね。弟は、僕に向かって羨ましいとばかり言っていた。…けど、本当はずっと憎かったのかって。ぶっきらぼうに殴り書きされたその言葉はまだ高校生だった僕にとっては、すごく重くて心に突き刺さった感じがしたんだ。僕は君に弟の影を見ていたのかもしれない。君にかけていた言葉が、僕が本来、弟に言わなければいけない言葉だったんだ。」
私は黙って先生の話に耳を傾ける。
「君がしたことは決して許されることじゃない。それでも僕は、君が弟のように自分の命を投げ出さなくてよかったと思ってるよ。」
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