第1章 ご主人様と猫。猫のお話。
初めての感覚だった。
真っ直ぐに伸びた彼の手には、テレビドラマなどでよく見る銃らしき物が握られている。
突き付けられた物が銃口だと、悠にもすぐに理解出来た。
「俺は三途春千夜。今さっき2億でお前を買った。お前のご主人様だ」
冷たい銃口が、悠の命を握っていた。三途春千夜と名乗った彼の人差し指。その指先ひとつで悠の世界が終わる。
此処に来た時から、捨てたような命だった。
でも、今目の前でこの命が握られている現実に、身体が強張った。奥歯をぎゅっと噛んで恐怖に耐える。
「下ばっか見てんじゃねェよ。ご主人様を見ろ」
突き付けられた銃口をそのままに、三途は何て事のない当たり前のような顔をしていた。
笑うでもなく、怒るでもなく、ただ悠を当たり前のように見ている。
「逃げようなんて考えねェ事だ」
三途は銃口を軽く額に押し当てる。
「まぁ、高い金出して飼ってやったんだ。逃がしゃしねェけど」
言った三途の口元がほんの少し歪む。
身体中に、冷たい汗が滲んだ。
「生憎、俺に女を痛ぶる趣味はねェ。万が一の事があれば、一発でその頭ぶち抜いてやる」
持っていた銃を玩具のように動かして、バーンと打つ真似をする。言葉とは裏腹な無邪気なジェスチャーに、更に恐怖が込み上げた。
ーーこの人は多分、本気だ。
気に入らなければ、ただ捨てるだけ。
身体が小刻みに震える。
心臓がぎゅっと痛んだ。苦しいくらいに脈打っている。
「分かったら、返事」
彼は銃を手にしたまま、何でも無いように悠を見た。
「……はい」
震える唇を噛んで小さく頷く事しか出来なかったが、三途はそれを見て満足そうに笑い銃を下ろした。
慣れた手付きで銃を片付けるのを見て、小さく息を吐く。