第1章 ご主人様と猫。猫のお話。
「オイお前」
不意に低い声が悠を呼ぶ。
ビクっと身体が反応して震えた。
「名前は?」
短く聞いて、彼は座ったまま悠を見た。
声が上手く出ない。
乾いた唇をはくはくと動かせば、掠れた小さな声が何とか出て来た。
「……悠、です…」
「……は?」
俯いて見た床は無機質な色をしている。
「…苗字悠、です」
意識して声を出すが、恐怖から上手く口が回らない。それでも彼は何とか聞き取ったようで、小さく独り言のようにその名前を繰り返した。
「苗字悠。ふーん、悠…、か」
彼はソファから立ち上がる。
「 悠 」
名前を呼んで、悠の前で立ち止まった。
「顔上げろ」
ーー顔。
顔を上げるのが怖かった。
相手が全く理解出来ない。
初めて出会って僅か数十分程。彼が悠に何を望んでいるのか、これから何をされるのか。
考えれば考える程理解が出来なくなる。