第1章 報われない
蝉しぐれの坂を一心不乱に駆け上がるその姿はまさに「狂気」に相応しかった。
そういえば、昔読んだ小説に「恋は狂気に似ている。狂気そのものかもしれない」って書いてあったっけ。
これが本当のことならば、きっと彼、真波山岳は「山」に魅入られ、身を焦がすような恋に落ちてしまったのかもしれない。
恋は理屈ではない。
落ちてしまったらそれが最後。死ぬまでその対象に溺れゆく。
他人にとやかく言われても、自ら身を引こうと思っても、もう戻ることなどできなかった。
好きなのだ。愛しているのだ。
それは多分、彼も同じこと。ねえ山岳、わたしたち、きっと世界で一番不幸な片想いをしているんだよ。