第5章 陵南戦
は走りに没頭しすぎて、背後から近づく人の気配にまったく気づいていなかった。
?「すんごい速さだ。陸上部か何かかい?」
唐突に声をかけられ、は心臓が飛び上がるほど驚いた。
「ぎゃーーー!!!な、なに!!!わ、私は食べても美味しくないですー!!」
浜風をまとって近づいてきたのは、ジャージ姿の男。
髪はツンと跳ねていて、月明かりを受けて爽やかに見える。だが見知らぬ相手だ。
?「食べるって…ハハ。すごい速さで走るね。こんな時間にトレーニングなんて、明日大会でもあるのか?」
(な、なんだこのツンツン頭…爽やかな雰囲気だけど……知らない人に素性を明かしちゃいけない。危ない危ない)
「そ、そうです」
?「へぇー。こんな遅い時間にトレーニングしてるなんて感心だな」
「ど、どうも…」
?「でもこんな時間まで外にいたら危ない。早く家に帰るんだ。いいね?」
「は、はぁ…」
男は軽く手を上げると、すぐに踵を返し、砂浜を一定のリズムで駆けていった。
その背中は、こちらの目が追いつかないほど軽やかに遠ざかっていく。
「私のこと速いって言ったけど、あなたも相当よ…」
呆然と立ち尽くしながら腕時計に目を落とすと、針はすでに夜の9時半を指していた。
「あ!いけない!そろそろ帰らないとほんとに明日に響く!」
慌てて荷物を持ち直し、は急ぎ足で海岸を後にした。
――その頃、砂浜を走り去った男は、ふと足を緩めて独りごちる。
?(綺麗な走り方だった…バスケも出来たりするのか?彼女は。それにしてもあんな華奢な体のどこからあんな速さが生まれるんだ?不思議だ)
波音にかき消されながらも、その声には興味深げな色が混じっていた。