第53章 昔話
『…っ……え…』
「お前が好きなんだ、美緒。
全然諦めることが出来ねぇ…。」
松田くんに抱きしめられたのは
私が公園で泣きじゃくっていた以来だ……
あの時はとても優しい抱擁だったが
今は私を離さないかのように、とても力強く私を腕に閉じ込めている。
『あの……松田くん……。』
「……。」
『…ごめんね。
前にも言ったけど私は……零くんのことが好きなの。
それは昔も今も、この先もずっと変わらない私の気持ちだよ。だから…』
「そんなの分かってんだよ!
お前がゼロのことしか見ていないのも
俺なんか眼中にないのも全部分かってんだ!
それでも俺は…お前が好きで好きで仕方ねぇ…。」
松田くんの直球な告白はとても嬉しかったが
どうしても彼の気持ちには答えられない。
松田くんはそれをちゃんと分かってるって言うけど…
彼の悲痛な思いが伝わってきて、胸が苦しくなった。
松田くんは私の両肩に手を置いて距離をとり
私の目を見て話し出した。
「困らせて悪ぃ…。
でも…困らせるって分かってても
美緒に俺のことを考えていて欲しくなるんだ。」
松田くんの目は、今にも泣き出しそうなくらい辛そうに見えて…
彼のそんな目をとても見ていられなくて私は俯いた。
『松田くん…。ごめん…』
「ばか、お前は何も悪くねぇだろ…。
それより、ずっと爆弾つけたままの緊張状態で疲れたろ。
とりあえず水分とっとけ。」
『うん…。ありがとう。』
松田くんは水の入ったペットボトルを手渡してくれて
わたしはその場の雰囲気を誤魔化すように水を口に含んで喉を潤した。
すると途端に眠気が襲ってきて
倒れそうになったところを松田くんに抱き止められた。
『っ、まつだ、くん…何を…いれた、の……?』
「悪りぃな、美緒。」
『なん、で………っ……。』
意識を保っていられなくて
瞼を閉じてしまいそうになっていると
松田くんの顔が徐々に近づいてきて彼の唇が私の唇に触れた。
なぜかその感触に覚えがあったような気がしたけど
私は睡魔に飲み込まれてそのまま意識を手放し、
それ以上は何も考えることが出来なかった。