第19章 再び
「ナズナさん…」
彼が私の名前を呼んだ。その声に反応して顔を上げる。
「その…僕は、テンゾウと言います。すみません。名乗ってなかったですよね、僕」
彼はしばらくの間の後、意を決したようにそう言った。
名前を伝えることに戸惑いを見せる様子に、微かな驚きがあった。それでも彼からその名前を聞くことが出来て、自然と頬は緩んだ。迷惑がられていた訳ではなかったのだと知れて。
「テンゾウさん…。ふふ」
「あれ?どうしました?」
「いいえ。そう言えば、明日お休みってお話されてませんでしたか?」
カカシさんの言ったことを、私はしっかりと覚えていた。意識すると耳も聡くなるらしい。
「はい。明日はやっと休暇がもらえまして」
「私も休みなんです。…それでですね。あの、もし」
「はい」
「明日晴れたら…」
「晴れたら?」
ついつい少し前に考えていたことが口に出てしまった。父の口癖。
変な枕詞になってしまい、笑いながら言葉を添えようとした。見上げると、彼は優しい瞳でこちらを見下ろしている。
「あの…、もちろん曇りでも雨でもいいんですけど。ふふ、これって父の口癖なんです」
「へぇ。面白いですね。それで…何か?」
「明日、どこかでお話しませんか?」
私は、いつもはない自分の積極性に驚いていた。自分から、知り合ったばかりの人を誘うなんて。
先ほど山中さんに言われた言葉が、頭の中を巡る。
好きな人…。
と言っても、ただの一目惚れだ。
気になる人くらいの想いかもしれないが、ふとした折に浮かぶ面影は、いつもこの人だった。素敵な人は何人もいるのに。
私はドキドキしながら彼の言葉を待った。
別に断られたって構わない。やけに強い気力が生まれている。好きだって気づいたら、何度でも誘うだけ。
「え?僕とですか?それは構いませんけど」
彼は戸惑いながら、そう答えた。
「良かった。私、お勧めのお店があるんです。そこを紹介したくて」
「そうですか。……それなら」
テンゾウさんと明日の約束をして、私は家路についた。
手には一輪のバラを持って。